「どっちもどっち、ええ加減にせよ」それが国民の感情なのではないか

BPOはMX報道を裁けるか (水島宏明) – 個人 – Yahoo!ニュース

かつて報道機関が「報道の自由」とやらを行使し、都知事に対して行ってきたことアメリカ合衆国の次期大統領に対して行ってきたことと全く同じことなのではないかと思う。ただ単に、それを政治的に逆の立場から行われたということであろう。

もし仮に、この番組の内容が捏造というのであれば批判された側、ここでは市民団体とやらが一つ一つ証拠を挙げて反論していけば良いだけであり、場合によっては都知事のように製作者に対して名誉毀損罪で訴訟を起こすことも出来る。

もちろん過去の事例から考えると、あからさまな捏造などが含まれない限りはBPOもある程度は突っぱねるべきであり、同団体は他局の報道姿勢に対して批判するべきであるし、他局もFOXニュースのように市民団体を批判するべきであろう。

そういうわけで、こういうくだらない論争を続けていることもまた国民が政治から離れていくひとつの理由といえるかもしれない。

2 Trackbacks / Pingbacks

  1. たとえ政府を批判しても命を奪われることが無いこと、それこそが「表現の自由」ではないのか – ももかん
  2. その「まともな報道番組」とは一体何なのだろうか – ももかん

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