「4K」が転機になる可能性

4Kテレビで「4K放送」が見られない深刻問題 | メディア業界 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

そもそも、地上波放送にやる気が無い時点で普及する可能性はまず低いし、日本の家庭に容易に設置できる大きさのテレビ(26型から52型程度)ではそもそも4Kの威力を発揮することができないか、もしくはハイビジョンでも十分であることを考えると、まず普及は難しいのではないだろうか。

現状4Kパネルおよびテレビの価格が高いうちはより安価な従来型ハイビジョンテレビへの需要が高まり、価格がハイビジョンパネルと変わらない水準まで下がったころにようやく4K「パネル」を搭載したテレビが本格的に普及しだし、それは単純に「画素数の多いハイビジョンテレビ」として利用されるだけなのではないだろうか。

その根拠として、いまだにスカパー!がプレミアムサービスへ一本化、もしくは110度CSのサービスの全チャンネルをハイビジョン化しようとしていないことも理由と言える。

110度CSを使用したサービスのチャンネルはまだまだ標準画質のものも多数存在するが、それでも加入者は存在する。つまり、音響映像機器マニアでもない大衆が求めているものは「画質」や「音質」といった品質よりも「お手軽さ」や「価格」なのではないだろうか。

過去にもそういう事例はあった。ビデオ戦争では画質面で優位性を誇ったベータマックスと画質は劣るものの機器の価格とソフトウェアの数、長時間録画で優位性を誇ったVHSのどちらが普及したかと言えば間違いなくVHSであろう。

最終的にはベータマックスの開発元であるソニーもVHSに参入することとなり、VHSよりはるか先にメディアの生産を終えることになったのは記憶に新しい話であろう。

そう考えると、「テレビジョン受像機」の今後もどうなるかはわからない。

現在は昭和の「巨人、大鵬、卵焼き」と言われていた時代とは違い、居間に置かれている家で唯一のテレビに家族全員が集まり、テレビ番組なり、ビデオなりといった同じコンテンツを楽しむという時代は終わった。それに代わって急速に普及したのが携帯電話である。

しかも一人一台というレベルで普及していることから今や昭和の時代に頻繁に言われていた「チャンネル争い」といったことも無くなり、動画だけではなく文字をはじめとしたWebコンテンツやラジオのような音声、音楽、書籍、ゲームもそれで楽しめるようになった。

仮に、家族全員が携帯電話を持っている状況でそれぞれが異なるコンテンツを楽しむようになれば、場合によっては「居間にテレビを置かない」という家庭も増えてくるのではないだろうか。もちろんそうなったらそれはテレビの普及に打撃を与えることになり、「テレビジョン受像機」の市場そのものがあやしい状態になるのではないだろうか。

仮にそうなった場合、小さな地方の家電量販店ではそもそもテレビを取り扱わない、取り扱っていても店のごく一部のスペースで小型の安価な製品のみ取り扱うという選択を行う店舗やチェーン本部も増えてくるのではないだろうか。

オーディオブームの時代にはそれなりの規模の店舗で大概取り扱われていた単品コンポをはじめとした高級音響機器も今では秋葉原や日本橋、寺町といった電気街の店舗やオーディオ専門店、もしくは梅田のヨドバシカメラのような大型の量販店に行かない限りは今や見ることもできなくなった。それと同じように、大型のテレビや高級機種も電気街や大型の量販店に行かない限りは見ることも触ることもできないという時代が訪れるのではないだろうか。

しかも、最近は音楽CDを再生できる機器が一切存在しないなんて家庭もありパソコンを触らない若年層も多いという話も聞く。これもオーディオブーム全盛期や15年ほど前の人々に話をしたら驚かれることであろう。だが、現実そうなっている以上、家庭の居間や食堂からテレビジョン受像機が無くなる日というのは近いかもしれない。

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