なぜおじさんはブラジル人に触れないのだろうか

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バブル末期から2000年代にかけて、自国の経済破綻により日本に出稼ぎに来ていたブラジル人は有名な話であるが、なぜおじさんはそこには触れないのだろうか。

自動車工場をはじめとした大規模な工場が建設できる片田舎みたいなところには大概ブラジル人が住んでおり、そういった工場のある周辺地域にはブラジル国旗がプリントされ、ポルトガル語で書かれた看板のブラジル料理レストランやブラジル食材の店、ブラジル人向けの自動車店や家電をはじめとした雑貨店、キリスト教の教会みたいな彼らを対象とした施設はあちらこちらに見つかり、場合によってはブラジル人と同僚として、もしくはご近所さんや学校での同級生として親交のある人はざらにいるのではないだろうか。

現に、私の祖母は近所に住んでいるブラジル人のおばさんと親交があった記憶があり、また親もかつてブラジル人の同僚と一緒に働いていたなんてことを口にしていたりする。

それ以前に、逆に日本人が外国に移住したとして、現地の規範や場合によっては法律に違反する行為、もしくは現地人に危害を加えたり、彼らから理解されないような行為を頻繁に繰り返した場合、日本人に対する排斥運動がおこるのは当然の話であろう。

たとえば住宅地において旧正月の朝っぱらに支那人が爆竹をバンバン鳴らしたら日本人やムスリムはどう思うか。ムスリムが朝の礼拝を呼び掛けるために大音量でアザーンを鳴らしたら日本人やブラジル人はどう思うか。

日本人やムスリムにとって旧正月はただの平日でしかなく、朝っぱらから礼拝する習慣のない日本人やブラジル人は場合によっては疲れて昼まで寝ている人や夜勤明けの人も中にはいると思われる。そういった行為は昼まで寝ている、もしくは昼寝ている人にとって極めて迷惑な行為である以上、「文化」以前の問題で非難されて当然のことであろう。

他にも調理におけるにおい関係やごみの処理、騒音、賃貸住宅や駐車場の使い方における文化の違いによる問題など、日本人と外国人の間には様々な問題が起こっていたりもする。

そういうわけで、近所にインド人が住みだして毎日カレーを作ることで洗濯物からスパイスのにおいが消えなくなったり、ムスリムが住みだしてモスクが建設されたら、前述の朝っぱらのアザーンによる騒音によって場合によっては夜勤や長時間の残業が出来なくなる可能性を容認することもまた「多文化共生」と言えるわけであり、決してそれは良いことばかりではないわけであるが、おじさんはそれを踏まえたうえで「多文化共生」という言葉を持ち出しているのだろうか。

そう考えると、ブラジル人との文化的摩擦を経験している中途半端な片田舎の地方都市のほうが「多文化共生」の負の側面を理解している可能性が高い以上、それのメリットという一側面だけを持ち出して無責任なことを言い出すおじさんみたいな「都市住民」の主張よりもはるかに説得力があるのではないだろうか。それ以前におじさんは実際に日本に移住もしくは出稼ぎに来ている外国人と顔を合わせて話をしたことがあるのだろうか。

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