SNSにおける「日常」の虚構

SNSにおける「日常」は実はそれとは程遠いものであると言えるかもしれない。

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日々、自分の投稿をいかに「SNS映え」させるかを考えて投稿している人々も、タイムラインに流れてくる投稿を「それは日常ではない」と考えて遠めに見るようにすると、いわゆる「SNS疲れ」とやらも少しは楽になるのではないだろうか。

Facebookは、自分がいかにリア充かということをマウンティングするための道具であって、BBQやお出かけ、会合の写真をアップする中年が山盛りです。これは、Facebookという道具がそもそも学校の学生年鑑を元にしているものなので、自然と同窓会サイト化してしまいます。

若い人が大好きなInstagramの場合は、キラキラ系の写真をアップすることが重要になっています。アップされる写真のほとんどは 編集されたり思いっきり偽装されたものばかりで、ぐちゃぐちゃの部屋や、メイク前の顔や、認知症の親類や、兄弟喧嘩の写真などがアップされるわけではありません。

Twitterの場合は、そういったサイトに比べるとネタ的なジョークや画像の投稿が多いわけですが、Twitterに集まる人々というのは、一般の人の数倍政治的な事柄に興味のある変わった人や、趣味や嗜好がかなり偏った人で、何よりもネットが大好きなテキストサイト世代です。

つまり要するに、こういったサービスは「ごく普通の人達」の「本当の生活」というものを知るには役に立たないということです。

FacebookやInstagram、TwitterといったSNSサービスにはそのサービスの特性上、投稿される内容に何かしらの誇張表現が含まれる可能性が極めて高い。

そう考えると、前述のとおり仮に他人のキラキラしている投稿やユーモアあふれる投稿を閲覧していて自分はどうなのかと悩んだところでその投稿自体が日常的な「ケ」ではなく特別な「ハレ」のものを記録したものであれば自ずとその内容がキラキラしたものになるのは当然のことであろう。

しかも、いわゆる「フツーの人」の大半はそんなものに関わってられるほど暇ではないというのもまた現実であろう。

我が国において本当の「フツーの人」はそもそもSNSに関わることがないか、もしくはアカウントを取得していても著名人の投稿や企業の広報アカウントを閲覧するなど、主として「情報発信」ではなく「情報収集」の目的に利用していることが大半なのではないだろうか。

一方で、今後求められるSNSサービスというのはユーザが「投稿」という行動を意識せず、操作せずにに情報を発信することができ、その内容が加工されずそのまま利用され、その送信された情報を基に利用者同士でつながりが持てるようなシステムなのではないだろうか。

そうすることで加工がなされていない本来の情報を基にユーザ同士がコミュニケーションを図ることができ、ユーザとしても「情報の加工」という手間が省ける以上、「SNS疲れ」に陥るユーザは相当少なくなるのではないだろうか。

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